飛行竃(UFO)じみた桶に乗って、ふわふわと浮遊する釣瓶落としは、釣瓶落しとしては確かに破格の妖力を湛えているようだった。一般人なら抵抗できずに首を刈り取られて食われていることだろう。だが、相手が悪い。
元人間、と指摘された釣瓶落としは、それを拒絶するかのように声を荒らげる。人間などと一緒にするなと憎しみの目で人間の魔女を睨みつけていた。
私は、あの方に選ばれた特別な存在だ。いい気分だよ、人間を躊躇なく食い殺せるんだからさあ!
あの方、というのが、博麗の巫女が伝聞で持ってきた話の「家主」のことらしいことは、魔女の方もわかっていた。だが霧雨魔理沙はちょっと摘むように聞かされただけのそれを、ほとんど信憑してはいなかった。これが齢を重ねた猪の長老であるとか、真っ白な毛並みの狼だとかであればまだ信じたかも知れないが、たかが釣瓶落としに脅威を感じるには、少々情報が少なかったことと、それにこの魔女の力がなまじっか強かったのだ。
お前の恨みつらみを聞くつもりは、毛頭ないんでね。鎌なんて取り出してそっちがその気なら、その喧嘩はもう少し高く買ってやってもいい
この怨霊の生前に何があったのか、今も人間として生き続け人間に与する人間の魔女には、興味のないことだ。人間が人間にしでかした何事かが原因であることは容易に窺い知れたが、しかし今更そんなことはどうでもいいのだ、この魔女にはこれを供養するつもりもなければ、正しく成仏させるのも仕事ではないとも考えている。
怨霊というのは既に怨恨が自己目的化しており、その原因を解消したところでさっぱりいなくなったりはしてくれない。拡大解釈された復讐行為を継続するため、結局浄滅・滅却させるしか方法のない行き止まりな存在なのだ。それは、霧雨魔理沙の性分にとっても、好都合ではあった。
お前みたいな手合は、私の得意分野でね。下手に物分りがいい相手じゃなくて助かるぜ、過去なんか語られて同情を乞われたりしない分な。……単にパワーで消し飛ばせばいいんだ。人間に襲いかかってやりあうことに異存、無いんだろう?
二ッ岩マミゾウ、という野鉄砲がこの地に現れたのはそう最近のことではないが、昨日今日の話ということでもない。大妖怪という程でもないが、猯の長老らしく悪知恵が働き相手をいいように転がす一方で、身内には頗る面倒見が良いということで、博麗神社や守矢神社の力の及ばぬ森で密かに縄張りを拡大していた。
知性が高く、猯だの狸だののご多分に漏れない騙の性質は長じ、それは妖怪の中では珍しく政治力に転じている。博麗の巫女に目をつけられた後も縄張りを保持したままであったのは、それが人間社会のトップに通用する程のものだったという証だろう。猯の姿の片鱗を残しつつ、胡散臭くも魅力的な女性の姿に化けて人里に現れるのはある河童や狼も含めて妖怪にはよくある人間社会との関わり方だが、この二ッ岩マミゾウという野鉄砲の持つ該当地域での妖怪社会への影響力は、おそらく博麗神社が人間社会観点で鑑みた上でも存続を許す程に大きなものだったものと窺える。
さてその二ッ岩マミゾウだが、当代博麗の巫女である博麗霊夢に対して、不思議な存在のことを申し送っていた。
不要に長い煙管から吸った紫煙をぷうかぷうかと吐き出しながら、野鉄砲は博麗の巫女に言う。それに対して腕を組みふてぶてしい態度であるのは、相手が妖怪だからというわけではなく博麗霊夢の元よりの質なのだが、彼女はそうした態度のままそれを聞いている。
二ッ岩マミゾウの吸う煙草はどうやら「まっとうなもの」ではないのらしい。いや、こいつらは気にしてくれるな、この煙草の煙ときたらなかなかどうして言うことをきかない、味は、格別なんだがね。と言うのだ。まっとうではない、というのは、吐き出した煙が白に青紫を混ぜた幽かな雲に霧消したかと思うとそれは再び凝集し、蛙やら蛇やら芋虫やら蝙蝠やらと言った気色の良くないものの姿を成してその辺を彷徨き回ることを指していた。これが野鉄砲の言う通り煙草の性質であるのか、それともそんな話は法螺話、実際にはこの老猯が自ら編んだ妖術の類であるのか、いずれにせよ博麗の巫女の興味にないことが幸いしたか、話は腰を折られることなく進んでいく。
何?あんたが首領だと思ってたけど、違うの?
そのとおりサ、と、言いたいところだが、今ひとつ自信がない。
何よそれ。その誰かさんには、あんたも頭が上がらないってわけ
そういうわけでもないんだが、と二ッ岩マミゾウはどうにも言葉を選びかねている様子で博麗霊夢に何かを伝えようとする。話せば長くなるので少しばかり時間を頂戴する、と困り果てた顔で。
オレがこの辺に来た時にゃ、そいつはもうここにいた。最初に会った時、あれは確かにただの小妖怪だった
「『あれ』?」釣瓶落としサ
そんなの、あんたの手下に幾らでもいるでしょうに
ただ釣瓶落としと総称するのなら、霊夢が言った通りだ。二ッ岩の野鉄砲配下には、数多くの釣瓶落としがいる。それも、いずれも大して大きな存在ではない。確かに人を殺める程度の力はあるが、そんなことは稀だ。よほど世間知らずの人間が運悪く外れスイッチを連続で何度も押してしまうようなヘマをしない限りは。
オレもそう思っていたんだがネ。奴に会った時、オレはこの辺の妖怪一切に言っているのと同じ様に言ったのサ、つまり、お前もウチの一味に加わらないかってね。まあ勧誘も交渉も色々其々諸々とあるんだがその間のことは、今はどうでもいい。その釣瓶落としはこう言うんだ。
あなたのような方がこの辺を取り仕切ってくれるなら、皆歓迎でしょうし誰も反対することはないでしょう。私もその一人です。ですが生憎と、この家の主は留守にしておりまして、そんな重要なことの返答をするほどの権利を与えられておりません。
家の主?
この釣瓶でございます。私はこの釣瓶の主から留守の番を言い渡されて、ただここに収まっているだけです。ですから私自身は釣瓶落としではなく、単なるその辺の地縛霊です
釣瓶の中に収まっている、釣瓶の妖体と思っていたものは、少しあっちの方に立っている一際大きな木をひとつ、指差した。曰く、その木で首を吊った、ただの自殺者の亡霊なのだと。
ふむ。自殺者の地縛霊が、釣瓶落としなんかに扱き使われているのかい
人間の自殺者というのは往々にして強い念を抱いたまま人間としての生を終えるものだ。そもそも自殺という行動自体、人間以外にはほとんど認められない。それをさせるのが思考や感情であるのなら、その大きさが他の存在には見られないほど大きなものであることは想像に難くない。しかも思念体が地縛して存続しているというのなら尚のこと。人間の妄念というのは、釣瓶落としを含めたちょっとやそこらの妖怪なんかよりもよっぽど力が強く、そして何より質が悪い。その地縛霊が釣瓶落としに留守の番をと扱き使われているこ(しかもよく躾けられているように見える)とは、マミゾウにとっては驚きだった。それに、釣瓶落としが釣瓶の留守を誰かに任せて中身だけ出歩いているというのも聞いたことがない。
だが、その釣瓶の留守番が言うのはもっと別のことだった。
何をおっしゃいます。私なんかよりもよっぽど力のある方ですよ、この釣瓶の主は
はあ。プチ強い釣瓶落としといったところかい。まあいい、家主は一体いつ帰ってくるんだ、話はそいつとつけるサ
この釣瓶は、あの方にとってはただの仮住まいなのです。家、というよりは、出口のようなもんでしょうか。この釣瓶には、そうですね、年に一日戻ってくるかどうか、というところでしょうか
はあ?そんな釣瓶落としがあるか。いもしないものをいると言うんじゃあ捨ておけない、法螺話はオレの専売特許だぞ
いもしないだなどと滅多なことを仰いますな。とはいえ、私なんかではあの方の姿をきちんと見たことさえないのは確かです、ずっと平伏しているしかありませんでしたから。留守を頼まれた時に、私はそれを断ろうとなんて一瞬たりとも考えることが出来ません、それくらいの大きな存在です、あなたも妖怪ならば、そうした塩梅は、おわかりでしょう?
妖怪やら神霊といった霊的存在同士の関係性というのには、遥かに格上の存在に対して格下は何一つ逆らうことができない、理性とか思考とかそういうものは抜きにした本能的で絶対的な上下関係がある。それはこの野鉄砲もそうであるし、おそらく同じようにこの自称ただの地縛霊もそうなのだろう。
地縛霊より強くなるまで長生きした釣瓶落としねえ
いえ、主は釣瓶落としじゃないんだと思います。
また異なことを言う。マミゾウはあぐらを組み直して顔を小さく傾ける、わかったわかった話を聞くから言ってみなという態度だ。地縛霊の方もそれを察して言葉を続けた。
あなたを新参者、と申すのは失礼に当たるかもしれませんが
いいや、その通りさ、気にするこたぁない。そんなことよりもサッサと肝心を話しな
この辺の釣瓶落としにはレアな希少種がいます。私に留守を言いつけたのは正しくその希少種釣瓶落としに違いありません。他の地域には知れていませんが、この辺では有名な話なんです
なるほど?確かにオレはこの辺に来て日が浅いからな。暗黙の了解とかそういう領域にはまだ認識の足りん部分もあろうサ
この野鉄砲がしたことは征服的支配というわけではないが、事実、神様同士の争いの末に征服的支配を敷こうとしたものの旧支配体制の暗黙に折れるを強いられた勝者の逸話を、二ッ岩マミゾウという古参の野鉄砲は、聞き及んでいた。そしてそうした歴史的な蓄積を軽んじないことがこの野鉄砲に、武力を極力用いない狡猾によってしかし効率的に敵の少ない縄張り拡大を成功させた要因でもある。その手の話を聞き流すことをしない、質だった。
この辺の妖怪の多くは、その希少種に対して、特別な畏怖を抱いています。私も含めて。レア、と言ってもこの辺の森の中を一週間も歩き回っていれば運のいい人なら一度はお目にかかれるんですが、いずれも、私と同じように留守を言いつけられている偽釣瓶落としです。
待て待て。そのレアな希少種釣瓶落としとやらはどこへ行った。出てくるのはあんたみたいな地縛霊ばかりだっていうのかい
留守番をしている者に統一はありません。私のような地縛霊かも知れませんし、飛鼠かもしれません、一反木綿が折りたたまれて留守番をしていることもあります、狼や大猪、侏儒や妖精が任されていることもあります。私のコレのように、留守をしている別荘が、この森の中には幾つかあるのです。その主は、実は一柱の巨大な妖怪なのだと、噂されていますが……実のところ主の姿を見たことがある留守番に会ったことがありません
なんだその都市伝説みたいな話は。猯が狐につままれるなんて癪な話だがネ、それを聞く限りは全くそんな気しかしないよ。
野鉄砲が言うのも仕方がない。留守を頼まれているだけだと言いながら、誰に頼まれたのか知らない、そしてそんな奴がそのへんにソコソコの数いるというのだ、得心しろというのも無理な話である。
煙管の煙と呪符代わりの木の葉を撒き、式で周囲を取り囲んだその中央で小さくなっている木桶に向かってマミゾウはあぐらをかいて言葉をかける。
ちがいますー
二ッ岩野鉄砲の展開した式の軍団にすっかり包囲されて観念したらしい釣瓶落とし『と思しき妖怪』は、桶の中から頭を出した。出てきたのはぴんと立った耳のついた、可愛らしい獣の妖怪だった、到底釣瓶落としには見えない。
私はただここの留守をですね
知ってらい。その主に用がある。取り次げないか?
前に見つけた留守番地縛霊の言う通り、そのへんをフラフラと何日も歩き回っていると、確かに希少種な釣瓶落としに遭遇することはできた。中身についても、先の奴が言った通りただの留守番だった。
栗鼠か
顔を覗かせていたのは、化け栗鼠のようだった。霊齢的にも釣瓶落としに比べてまだまだ弱い立場だろう。だがその留守を言いつけているのが釣瓶落としでもないことは、既にマミゾウの知るところだ。
主にお会いになる!?幾ら何でも無茶ですよー。私も二ッ岩を名乗る野鉄砲の武勇はかねがね伺ってますけどお、この家の主に会おうだなんて、命知らずも甚だしいですよ
そりゃ光栄なこった、武勇はないけどネ。それにしたって、その家の主はそんなにも怖いのかい
ええと、こわくはないんですが、いや、食べられちゃった友達もいっぱいいるし怖いには怖いんですけどぉ。おとなしく従っていれば、こうしてお家も提供してくれますし、主の名前を出せばご飯にありつくのも苦労しないですし、私は居心地がいいと思っていますねー
なるほど、主は虎か
違うと……思いますけど
虎は冗談だ、二ッ岩は言う。
姿を見たこともない主に留守番をさせられている妖怪が、この森にはわんさかいるらしいじゃないか。一度話がしてみたいンだが……姿を見ることさえ叶わないバケモノだっていうのかい
まあ、そうですねえ。ぶっちゃけ、正体を知ろうとか、交渉しようとか、そういうことは、やめといたほうがいいと思いますよ。噂では、別の世界の支配者だとか
何を馬鹿げたことを
だが別の世界、というのはそう突飛な話ではない。この幻想郷以外にも、同じように地面があり星と月、地面と空、がある世界があるという話は、それ自体は常識なのだ。存在自体の予測はできているし、壁を超えてそっち側やあっち側に行ける存在も、数自体は少ないがきちんと存在していて、それにより向こう側は確かに観測もされている。その別世界への干渉自体が、大妖怪の大妖怪足りえる証としても用いられている位だ。それこそこの化け栗鼠が言う様に、その世界の支配者であるとか創造主であるとかそういうクラスの存在、この幻想郷で言えば、八雲と呼ばれているケタ違いの妖怪はそうした存在だと言われている。
そんな奴が、釣瓶落としの真似をして?
金魚鉢でも覗いてるつもりなんじゃないですかあ?
間延びした気の抜ける話し方の化け栗鼠が、随分ぶっ飛んだことを言う。つまり幻想郷自体を金魚鉢とその中の金魚を眺めるように俯瞰する巨大なバケモノがいて、その観測点として希少種釣瓶落としが使われていると、言っているのだ。
もし話ができたとしても、二ッ岩さまの言うことを聞いてくれるような方では、ないと思いますよお。私は、あなたに楯突けるような力は無いですし、ただの留守番としては、あなたの一味に加わることは吝かじゃあないんですけど、この家の主は……
じゃあ、一旦はあんただけでいい。家主のことは、おいおい考えるさ。
ん?こいつは……
別の留守番に会うことを期待して森の中を歩き、式にも探索をさせていると、異様なものが目に飛び込んできた。あれは、野生動物の死体なんかに食事目的で小型の下級妖怪が群がっている、妖毬だ。大きくても拳大くらいの小型の妖怪が密集して肉を食っている群のシルエットが球形をなすことから毬の名前を与えられている。弱小妖怪や霊魂が群がっているだけで、僅かでも強い存在が近づくのを察知したら蜘蛛の子を散らすように消える。ご多分に漏れず、二ッ岩の野鉄砲が近づくと、葉擦れと葉擦れの間に粘り気を含んだ心地の良くない音を立てて、それは森の四方へ放散した。残ったのは幾匹かの中小型の肉食野生動物だけだ。
ちょっと失礼するよ
ただの野生動物の死体がより小型の動物や妖怪によって消費されること自体は全く珍しいことではない、二ッ岩にとっても何も真新しさはないことの筈だが、それでもわざわざ妖毬を散らし小動物を追い払ってまでその様子を確かめに来たのは、妖毬の傍に、釣瓶落としの釣瓶が転がっていたからだ。いや、転がっていたというのは間違いかも知れない。正しく上を向いてそこに『置いてある』様でさえあった。遠目から見る限りは中身はいない。本当の釣瓶落としなのか、留守番なのかも、桶の形からではわからない。だから、この野鉄砲はわざわざ食事を楽しむのを邪魔する無粋を犯してまで確認しに来たのだ、食らわれている肉が、何者なのかを。
うえ、こいつは酷えな
そこに残されたものを見て、二ッ岩マミゾウは思わず一度目を逸らしてしまった。妖毬に食われた死肉はこうはならない。小動物に食まれた肉も、やはりこうはならない。コレは何事だろうかと、二ッ岩マミゾウは目を疑った。この森には自分の知らない闇がまだ横たわっているのだろうかと、空寒さを感じさえした。
そこに残っていたのは、五体の形を残していながらも、体中の皮膚が内側から押し出される様に裂けてめくれ上がって脂肪と血液でてらてらと光っている赤白い肉塊だった。捕食者による狩りの結果などではないことは明らかだ。爪や歯といった硬質のものの生え際から尽く不可解の肉が押し出されて食み出し、生えているものはあらぬ方向に曲がっている。舌は細長く引き伸ばされたのだろうか、外れるくらいに広げられた顎の奥から、喉の中ほどまででろりと垂れ出ている。目の玉も飛び出して顔の横に転がっており、紐のようなもので眼窩の奥と繋がっていた。腹部が縦に裂けて内側に収まっていた中身が、ぬいぐるみの綿を引っ張りだしたようにそのへんに漏れ出ている。その他の穴からも何かが裏返しにされたみたいに、内側から管状のものが顔を覗かせて伸びていて、まるで内側にある何かが外に向かって飛び出したか、あるいは外側から直接内側を引っ張りだしたような、不可解な形になっている。
どう見てもまともな死体ではない。
なんだ、これは……
武力による解決を常套とはしない二ッ岩マミゾウでも、長い狸生の中ではそうしたことも幾つもあったし、自分が直接に関わりがなくともそうした場面に居合わせることも少なくなかった。だが親の敵憎しとことさら濃密な怨恨の蓄積した殺しであっても、コレほど常軌を逸した死体を「つくりあげる」ような手法は、さしもの野鉄砲であっても初めて目の当たりにした。
まともなやつではない、これをしたのは。そう思ったが、ならばどんな存在にこうした死体をつくり上げる必要があるのかも、二ッ岩には皆目見当がつくものではなかった。
趣味が良すぎて正気を疑うね
横にある桶からして、これが釣瓶落としか、あるいは留守番の死体であることは間違いないが、死体からそのどちらであるのかを察するのはもはや不可能に思えた。
二ッ岩は早々にその場を後にすることにした。あまり関わり合いになるべきものではないと、本能が警告ブザーを鳴らしていたのだ。
あばよ、化けて出てくれるなよ
本来は自分が化けて出る方の妖怪であるにもかかわらず、野鉄砲にはそう祈らずにはいられなかった。
ヤドカリってと、水辺にいるアレかい
違いますよ、似たようなものですけどね。この辺は釣瓶落としが多いと思いませんか
確かに、人里からお世辞にも近いとは言いがたいのに、人の道具を媒物とした釣瓶落としがこんなにも多く分布しているのは自然とは言い難い。二ッ岩の猯はふぅむ、と唸った。
あの死んでた釣瓶落としは、宿狩りに桶を取られた釣瓶落としだっていうのかい?その割には釣瓶自体は残っていたけど
二ッ岩はあのグロテスクな死体を思い出す。確かに釣瓶落しとは明らかに中身が違う、死体だった。あんな殺し方は、野生動物も、怨霊の類でもしない。思い出しただけで野鉄砲は眉を顰めてしまった。
と、いうと、どういうこったい?
「あなたが見たのは、間違って『あの釣瓶落し』の家を奪おうとしてしまった、『宿狩りの』死体です。」想像の斜め上の答えに、猯の長は驚きを隠せない。
釣瓶落としが多いこの一帯で、天敵の少ない宿狩りが増えすぎないのは……そういうことです
「一体、『家主』ってのは、何者なんだい。あんな殺し方、正気の沙汰じゃないし、そもそも生半可な力じゃ出来ない」その、両方なんだと思いますよ。我々は、あれに関わることも、理解しようとすることも、古い過去に既にやめていますから。幾つかの試みは徒労に終わり、無駄に命を落とした者の数も知れません。
あれが、そんなにも厄介なもんだっていうのかい。確かに噂の端々には、眉に唾を塗りたくなるようなものも会ったけれど
「悪いことは言いませんから、『家主』を探るのは、やめておいたほうが身のためです。幸い、こちらから何かを仕掛けない限り『あの釣瓶落し』は決して害をもたらしません。博麗神社や守矢神社といった強い人間の支配が広がる前から、この森には有力な支配者は現れていません。それは、そうした野心を抱いた者は必ず『アレ』をなんとかしようとしたからです。その結果……この森は今でもまつろわぬ森であり続け、同時に平和でもあります。」そろそろ、この辺にも寺社勢力がやってくる。オレはそれと取引をできるくらいにこの辺をまとめておきたかったんだが
二ッ岩には当初それほどの予定はなかった。だがすぐ傍まで博麗神社の信仰支配地域が広がっているのを知って、それならば交渉出来るだけのカードを持っておくべきだろうと切り替えたのだ。森の中は寺社勢力の侵入に対してさほど反抗的ではなかった。どうせ何も出来ないだろうという見込みが強かったからだ。二ッ岩はそれを考慮に入れたうえで、囲い込みを急ぎ、それをして博麗の巫女と交渉をしようと考えていた。
だが、こんな面倒な存在がいるとは、思ってもいなかった。
この辺を博麗神社が取り込むことには、特には抵抗はありません。周囲の情勢は聞き及んでいますから、遠からずここも何らかの形で派閥を成すか有力なところに取り入るか、どちらかが必要だとは思っていました。ただ、アレの存在は認知してもらわなければ、あらぬ誤解を受けましょう。あるいは
いっそ博麗神社に、アレを食わせるか
で、それを私に伝えてどうしようっていうのよ
どうもしないサ。ただ、オレが一から十まで、この一体を支配している首領なんかじゃないってことだよ。博麗神社がこの辺を支配する目付としてオレを据え置くというのには全く異存はないんだケドね、そういう自由の利かない存在もいくらかいるってことサ。もちろん、博麗神社か……あるいは八雲の大神が直々に成敗してくれるっていうのなら、話は別だけれど
話を聞いた博麗霊夢は、等の留守番からその話を聞かされた時の二ッ岩マミゾウがしたのと大差のない表情をしてその話を聞いていた。
それが本当に異界の神の耳目だってなら、紫を向かわせるわけには行かないわ
それはオレの知ったことじゃない。オレはこの辺を一つにまとめるのに、あの希少種釣瓶落としをもうフォーカスから外してンのさ。丸投げでオレを目付にするなら、そいつはこれからも不確定要素として存在し続ける。四角四面に支配したいのなら、オレの手には負えないからそっちでやってくれと、そう言ってるだけだ。
異界に干渉できる巨大な存在同士がいるというのに、世界ごとの支配や投合がほとんど発生しないのは、お互いに相手の力の大きさを図る手段が乏しく、抗争の末に敗北しすべてを失うリスクをマネジメントできないからだ。博麗霊夢が言う「紫を向かわせるわけには行かない」とは、そうして向こうの世界の何者かに負けてしまったりしたら、この世界がどう変化するのか想像がつかないからだ。
でもそれは向こうも同じことで、釣瓶落としのような小さな存在に擬態したインターフェイスとして利用しているに留まり、大きく干渉する姿勢が見えないことは、まさにその証拠だった。刃を向け合えば互いに大損害を食う可能性があるから、お互いに干渉しない。それが巨大すぎる存在同士の言外の紳士協定なのらしい。
この幻想郷は、まるまる全体がフロンティアだ。四方八方上下左右どちらにもう少しでも進んだって、未知の領域が広がっていて既知の何もかもが通用しないかも知れない。博麗が幅を利かせられる領域は拡大しているものの絶対でも巨大でもなく、それがかなっている地域でもここのように目付を置いて最低限の協定を結んでいるに過ぎないのだ。
懸命な巫女サンだ。確かに、このところ急に支配が拡大してるってのも頷けるよ
皮肉と受け取っておくわ。狸に褒められて真に受ける訳がないでしょう
かかか、と二ッ岩は笑う。だがこの老猯がこの巫女に一目置いた事自体は、本心だった。
そういうわけだから、この辺に釣瓶落としがいても、それはスルーしてね
また面倒そうなことを言うなあ
博麗の巫女はいつも連れ立って異変を解決している人間の魔女と、かの界隈の森付近を飛行していた。目標は、同じ地域に出没するという、轆轤首だ。柳の木の下に現れては通りがかった人を食うという噂が大きくなって人里があらぬ騒ぎに陥っているという。だが二ッ岩の報告では人的被害は実際には出ていないとの事だった。ならば行き違いを解決するのが最短で平和な手段だが、それには人間側のトップとしての宗教指導者がきっちり足を運んで事態を評価する必要がある。
どうせ人妖の諍いなんて、殆どは誤解と思い込みと、不要な恐怖心が原因よ。妖怪側に思慮が足りないことが圧倒的に多いのだけど。妖怪を懲らしめて、ふん縛って、人間の前に引っ張りだして、ちゃんと話し合えっていえばおとなしくなる。
おとなしくさせているだけだろそれは
博麗の巫女の言い分が一見メチャクチャで、しかし実際にそのとおり行動させてみると以外にもまともだったりするのは、霧雨の魔女にとっては日常茶飯事だった。ツッコミ前提のボケなのだとさえ思っている。だから霧雨魔理沙は博麗霊夢のそうした言動に逐一ツッコミを入れる役割になっていて、時としてその立場が逆転したりもする。そういう、ちょうどいい距離感を長いこと保ってきていた。
轆轤首って、人食うのかよ
食べないんじゃない?
だよなあ。なんでまたそんな噂が立ったんだか
食べないかも知れないけど、殺すことはありそうじゃない
なんかそれとこれは若干意味合いも事情も違う気がするが……里の人間にとっては同じことなのか
さあ。でも、どっちもない、というならそれに越したことはないでしょう。一応、出現した轆轤首にはそうした性質はないし、実際には村人に被害が出ているということもないって、報告を受けてる。私達はただ裁判をしに行くだけよ、可能ならば無罪を証明できる形でのね。でも被告が出廷を拒否するなら、力づくってこともあると、そういうだけ
相変わらず言い方がキツイな
そのとおりでしょ
そのとおりだがよお
博麗の巫女はその名の通り博麗の直系(ただし血糖がどのようにして維持されているのかは秘匿されている)の、ある意味ではお嬢様だ。対して霧雨魔理沙は、そうした名家の娘の立場を自ら捨てた者だ。今となっては全く住む世界が違う二人だが、霧雨魔理沙が博麗の巫女とともに行動している事自体は、その実力に因るところが大きい。
人外を相手に何かをするときに、博麗の巫女が最も信頼しているのは、この魔女である。それは、霧雨魔理沙が間違いなく人間であり、ど王子に人間でありながら十分な力を持っていることに起因している。信頼できる何者かという点だけで言えばこの巫女の周りには力の強い存在はごまんといるが、妖怪や神霊、悪魔を相手にした時に利害の一致を望めるかどうかは疑わしいのだ。
ま、さっさと容疑者の轆轤首ちゃんを探しましょ。顔はコレ。
この写真、顔が写ってないんだが心霊写真か?
妖怪が写ってないんだから心霊写真じゃないでしょう
じゃあ心霊写真の方をよこしてくれ。顔が書かれてない人相書なんて役に立たんじゃないか
あらごめん、これ、首がない方の写真だったわ
私の知ってる轆轤首と違う。轆轤って普通飛ばないだろ、どうやって皿作るんだよ。高速回転が過ぎて飛んでくってやつか。光学ドライブのモーターをパワフルな奴に付け替えたらディスクがヘリコプターするってアレか
何にいってんだかわからないんだけど
霊夢は魔理沙にもう一枚の写真を渡す。そちらには確かに首から上のある人物の絵が写しだされていた。
なんか、異人みたいだな
ちょっとね、こっちの地方はそういう感じの顔つきの人が多いみたい。そういう色合いの赤毛も珍しいよね。
服もそうだけどさ、レミリアと仲良く出きそうなセンスだな
聞かなかったことにしとくわよ
二人はここで二手に別れることにした。川沿いに柳の並木が続いているが、その川自体が下流に向かって分岐していたのだ。人を殺したという噂が立つ轆轤首にせよ、その被害実態が無いこともそうであるし、この二人共実力で言っても轆轤首程度にどうにかされるようなことはない。それは楽観ではなく正しい分析の下での相応の判断であった。
じゃ、私はこっち。魔理沙そっちお願いね
りょーかい。見つけたらどうすればいいんだ
夜になるだろうし、今日はウチまで任意同行でいいんじゃない。暴れるようなら、臨機で
いつもそう言うが、大体いつもミズナラになにかふん縛ってあるよな
魔理沙とかね。
なんのことやら
何かあったら各自で判断、朝までにウチで落ちあいましょ
博麗霊夢と別れてしばらく柳の並木を流していると、霧雨魔理沙は一本の柳の木の下に、轆轤首の代わりに見慣れないものを見かけた。
あれは、釣瓶落としか?確かにこんなに簡単に見かけるなんて、この辺は数が多いのか
桶の上から上半身を出しているのは、白装束をまとった小さめの女性の姿だ。釣瓶落としとしては、少々変わった個体だ。
博麗霊夢の言っていた言葉を思い出すが、単に一言付け足すように言われただけの情報に対して、霧雨魔理沙はさほど信憑性を持ってそれを聞いてはいなかった。それに、釣瓶落とし程度、仮に寿命を長じて力をました個体に出くわしたところで、簡単に撃退できるものだという自負があったのだ。
轆轤首のこと知ってるなら聞いてみるか
力づくで。
と心の中で付け足して、その傍に降り立つ。
白装束を着た姿は、典型的な亡者の姿だ。もちろん轆轤首ではないし、かと言って釣瓶落としの中身としてもこんな個体は聞いたことがない。間違いなく博麗霊夢が言っていた「変わった釣瓶落とし」だろう。
ちょっと聞きたいんだが
人間?
見ての通り人間だ。先に質問したのはこっちだぜ。この辺で、人を食う轆轤首ってのを探してるんだがね、こんな子なんだけど
知らないね。でも人喰いの心当たりなら、あるよ
ほう
ふわり、と釣瓶落しは浮き上がった。確かに、突然上から降ってきて首を刈り取る(そして大体失敗する)釣瓶落としとは、かなり行動が異なる。ふわふわと浮いた桶は、釣瓶というよりは飛行竃(UFO)という方が近いかも知れない。
人を食ってるのは、私だよ。当然じゃない、人間は、妖怪の餌なんだから
大した自信じゃないか、最近の釣瓶落としってのは手応えがなくていけない。それともお前は違うかな?
私は選ばれたんだ。人間なんかに倒されるものか。人間を食って食って、食い殺して、人間に思い知らせてやるんだ。あんたもここで私に話しかけたのが運の尽き、私のご飯になっちゃえ!
緑色の髪を左右に結わえた髪型も、桶の中に収まっている小さな身体も、幼い少女のものに見える。何がそんなに彼女を怨念へ駆り立てるのか、それを今知る由はない。
幼い頃に死んだ人間の霊と同化しているのか?それとも、この少女の体は釣瓶落としが食った人間って可能性も
霧雨魔理沙が、これが純粋な釣瓶落としではないと踏んだのは、その妖体部分の白装束をまとった姿を見るに、明らかに人間のまま死んだ人間の亡霊に思えたからだ。そしてその特殊な釣瓶落としは、今夜の被疑者である轆轤首と同じように、度々人里を騒がせる一因でもある。今夜の目的ではないが、図らずも遭遇出来たなら、一緒に解決してしまってもいいだろう。霧雨の魔女はそう考えた。
お前も元は人間だろう、そのナリを見りゃわかる。お前は釣瓶落としなんかじゃなくて、ただの留守番なんだろう?知ってるぞ、家主の威を借りているだけの雑魚妖怪だ。もともとはただの人間の霊だろう
霧雨魔理沙が指摘すると釣瓶落としの中身、つまり妖体の女児は顔を、まるでそれまでの様子からは想像も出来ないほどの形相に、顔を引き攣らせて目を見開き、激高する。
違う!私が人間?断じて違う、私は生まれた時から釣瓶の妖怪だ!だから里の人間なんか私が全部食い尽くしてやる。人間なんて私には関係ない!
こいつ、怨霊化しているな。ただの釣瓶落としとして対処できないのも、納得だ
ずるり、と桶の奥から何かを取り出す釣瓶落とし。鎌だ。それも、大型の造林鎌。あの浅い桶に人体が入っているというのも幽霊ならではだが、あの柄の長い薙型の造林鎌が出てくるとは、あの桶の中はどうなっているのだ。霧雨魔理沙は感心していた。そんなことに感心しているということは、乃ち相手そのものに脅威を感じているわけではない、余裕ということだ。
怨霊化した亡霊だろうが長寿化した釣瓶落としだろうが、この魔女の前では大した脅威ではない。それ自体は、間違いのない自己分析である。むしろ、相手の力量を測れずに得物を取り出してしまった釣瓶落としモドキの亡霊の方が身の程を弁えていないということだった。
お前みたいな手合は、私の得意分野でね。下手に物分りがいい相手じゃなくて助かるぜ、過去なんか語られて同情を乞われたりしない分な。……単にパワーで消し飛ばせばいいんだ。私とやりあうことに異存、無いんだろう?
上空に飛行する釣瓶落としを前にして魔女は高度を合わせるために箒に跨る。
そら、餌が上昇していくぞ、食いに来いよ
相手は釣瓶落としの性質を持っているのなら、上昇したところに急降下で首を狩り取りに来ることは容易に知れていた。箒に跨り上昇こそしたが、その動きは陽動、すぐに地上へ舞い戻って着地することを念頭に置いた動きだ。
もちろん空対空で気道鋳物をいわせるほうがこの魔女にとっては都合がいいのだが、それ以上に、地帯空で話が住むレベル差であれば、その方が遥かに楽なのだ。そしてこの二者の力量差は、違いなくその通りのものだった。
死ね、人間なんか!
上昇すると見せかけたまりさの動きに対して、釣瓶落としが造林鎌を振りかざして急降下で首刈を仕掛ける。だがカクン、と上昇をやめた魔女はくるりと着地し、鎌を持って急降下中のニセ釣瓶落としに向けて八卦炉の砲口を向ける。
魔砲の破壊効果によって空気が強振し不自然な騒音が鳴り響く。放たれた魔砲の破壊光線は、無防備に急降下中の希少種釣瓶落としの移動軸とピッタリと重なる。その中央高出力帯の中に放り込まれ、桶に収まる形だった妖体の上半身は、濃い鉛筆を質の悪いパン消しで撫でた時のように影を伸ばされ引き千切られるように抹擦された。桶自体は想像以上に頑丈らしく、所々で金鋲が外れたりしながらも、形を保っている。
魔砲を放った人間の魔女は、充填した魔力の全量が破壊エネルギーへ変換され放出され切ったのを確認してからそのパワーエンジンである炉を下ろし、収めた。その表情は勝者の見せるそれ全くそのものである。
はぐれ釣瓶落としは、珍しいといえば珍しいが、私の前に現れたのが悪かったな。……まあ、目の前に現れたのは、私の方だが
上空でマスタースパークの直撃を受け媒物のみを残して妖体を消し飛ばされた釣瓶落としの抜け殻、則ち弦を有さないうろつく釣瓶だけが地面に落下し、がらんがらん、と喧しい音を立てた。弾性のある素材ではない、高さに対して僅かなバウンドを一度、二度、そして停止した時には偶然に、釣瓶は上向きに正立した。最期にこうして正しく収まりの良い体勢で活動停止するのは、付喪神を含む、媒物の形態を取る妖怪が成敗されただのモノに戻るときにありがちな「死に姿」だった。
色々誇張された噂話もあったが根も葉もない。こうして倒しちまえばただの釣瓶だな。もともとは轆轤首の討伐依頼だったけどついでだぜ。人里にはお前を怖がって夜に怯える人間もいたんだ、悪く思ってくれるなよ
釣瓶落としは対処を誤れば確かに命を奪われかねない妖怪ではあるが、人も馬鹿ではない。比較的メジャーで出現頻度も低くはなく、生存者が持ち帰った情報を蓄積していく中で、今やさほどに恐れる程でもないというのが、すでに妖怪との共存を成し得ている幻想郷の人間たちの認識だった。だが、このキスメと伝えられる釣瓶落としに関しては、従来の対処法では危険を回避できないとして再び「恐怖を取り戻し」ていた。それは妖怪たちの悲願であり、同時に人間の望まぬところである。そして霧雨魔理沙は、人間に与する人間の魔女だった。
釣瓶を箱櫃にしてしまえば手間も省ける、と思ったが入れる首級がないな。ならこの釣瓶自体が首級みたいなものか
霧雨魔理沙は落ちた釣瓶に歩み寄り、里に討伐の完了を告げる証拠とすべくそれを手に取った。
えっ?
釣瓶の取っ手を持ってそれを持ち去ろうとした魔女霧雨魔理沙は、その重さに驚いて声を上げてしまった。重さ、というよりは、全く動く気配のない様子にだ。底が地面に貼り付いたかのように、微動だにしなかったのだ。
なんだこれ、重っ
取っ手を両手で掴んで、思い切り持ちあげようとする人間の魔女。びくともしないので、その中を、覗きこんだ。妖体はマスタースパークで消し飛んだように見えたが、釣瓶の中にはまだ燃え残った下半身だけが残っているのではないかと思ったのだ。死体の下半身だけが入った釣瓶を持っていくのは正直気が向かないが、首級の代わりとなるようであればそれも考えなければならない。
覗きこんだ釣瓶の中に見えたものは。
ん?
何もなかった。釣瓶の中には、何も、見えなかった。何もだ。桶の底さえ、見えなかった。目が捉えることができたのは、何か、ではない、何も、だった。ただ光さえ返すことのない真黒が、釣瓶の中に湛えられていた。
なん……
底が抜けているのであれば、地面が見えるはずだ。底が残っているのならば底か、あるいは死体のした半分が見えるはずだ。だがそのどちらでもなかった。真っ黒。闇。漆黒。虚無。釣瓶の中には、無が満たされていた。存在しない、が、存在していた。
ありえない、物理的にもそうだが、魔術的にだって。こんな小さな容器の中に、無の空間を満たす魔力の在り方を、人間の魔女は知らなかった。これは、まずいやつだ。魔女の顔が引き攣る。あり得ないという思考が急展開し、しかしそれが後悔に直結した時には、既に遅かった。
両手にしっかりと持った取っ手から、手を離すことができない。まるで焼けた鉄を握りしめて肉が焼け溶けたまま溶接されてしまったように、くっついている。感電した時のように手が強張り動かすことが出来ない。
や、ば
魔術の心得が人並み以上にある魔女には、時ここに及んで、両手を守ることに未練はなかった。医術者が壊死した手足を切断するのと同じように、そうした致命的な呪詛に侵された手足は切り捨てなければならないことを、魔女は知っていた。そんな呪詛に遭遇することは初めての体験だが、それでもそれを即断できる程度には、彼女は優れた魔女だった。
魔女が即座に極短い呪文を唱えると、手元に短くしかし眩い光の線が描かれ、それが彼女の手首を、すう、と横切った。上等に切れ味のいい包丁で肉を捌く時の様に、霧雨魔理沙の手首は両方共、ぱっさりと切断されいていた。
っぐ、あああっ
両手首を失った魔女が、自分の手首を熱線で焼き切り落とした激痛と後悔に低くくぐもった声を上げ、解放された体を青い顔で一歩、二歩、とよろけるように釣瓶から退かせる。高温のレーザーで焼き切った肉は刃物でそうしたのと異なり、断面が焼き潰れる。出血は傷の規模に比べて少なく、すぐに医者へ駆け込めばなんとかなるかも知れない。
手首から先は、まだ釣瓶の柄を掴んだままだった。まるで手だけで意思を持っているように。その後すぐに取っ手を掴んだまま固まっている霧雨の手は、ぶつぶつと疱瘡じみた表変をみせ、血色を失い黒く変色し、肉の中の脂肪が染み出して垂れ、やがて腐敗液のような黒い液体に変化して桶の中に崩れて落ちた。視界の端にそれを認めた霧雨は、背中がべっとりと脂汗で濡れるのを感じた。
こ、来いっ
箒を呼び寄せる。両手を失った状態で巧く乗りこなせるか定かではなかったが、肘でしがみついているだけでも、走って逃げるよりは幾らかはマシなはずだ。
主の命に忠実に現れた箒に、霧雨魔理沙は腰を下ろす。飛翔を命じるとやはり手で掴めないことが災いしてバランスを崩すが、それも今は慌てたなりの想定通り、肩と肘とを使って腕で辛うじてしがみついた。
なんだってあんなモノが、釣瓶落としのナリなんか……!
霧雨魔理沙は、博麗霊夢とペアを組むほどには優秀な魔女だ。人間の中ではずば抜けた魔力と、知識、それに経験も持っている。今は別行動をしているが、博麗霊夢と共同作業をする際には、呪術的な重武装は欠かさない。並大抵の魔術や呪詛であれば、特に防御呪文の発動せずともパッシブにそれを無効化する等身大の結界も展開したまま行動している、それも、強力なやつだ。
だというのに、そんなものあってもなくても変わらないといった様子であっさりと手を冒した、釣瓶落とし『の姿をした何か』の取っ手から伝ってきた呪詛が、規格外に強力なものであることは明らかだった。
人間の怨霊がどんなに膨らんだところであの手のグロテスクな呪詛にはならない。どんなに強大に育った釣瓶落としでも、あれほどの残留思念は残さない。もっと別のものだ、あの桶の中にいるのは。だとすると、残された可能性は、博麗の巫女が伝えた、それしかなかった。
多くの場合、効果が強靭な魔術というのは規模も巨大なものである。だが、魔女の手を犯したそれは、尋常ではない強度を持ちながら、極小の規模しか有していない。それが、魔女にとっては不吉で不気味、理解不能で混乱を招いていた。
霧雨魔理沙にとって、そうした圧倒的に強大な力の差を持った存在を目の前にすることは、魔女を生業とした今となっては、殆ど無いことだった。それを覚悟の上で対峙することを除けば、子供の頃以来ほとんど感じたことのない「恐怖」。
すまん、霊夢。先に離脱するぜ……っ
脂汗に塗れ、抑えられているとはいえ手首からの出血に濡れ、強すぎる恐怖のストレスで血圧が急激に下がる。貧血じみためまいと寒気に襲われバランス感覚を失いかけるが、生き延びたい一心で霧雨は箒にしがみつき、飛翔させる。
お、オーレリーズサンシステム!
手を使わなくとも起動できる数少ない呪符。四つの光球が浮かび上がり、それぞれから光線が発射された。一本一本がマスタースパークに匹敵する威力を持つ魔砲を、たった小さな木桶に向けて放つオプションシステム。魔砲の光で眩く白飛びする光景の中で、広がる黒い水溜りと魔理沙の足に絡まる腕だけが、まるで合成CGの様にそこだけ一切光に影響されずに真っ黒を保っていた。光線に晒される中、魔女の足を捕まえたままの五本に加えて四本、桶の中から追加で黒い触手が現れた。それは弾丸の如き速度でまっしぐらに破壊光線を吐き続ける光球オプションへ伸びていき、それぞれが、オプションを貫き破壊した。
うそ、だろ
そんな方法で、命名決闘法ルールを伴わないオーレリーズサンシステムを突破されたことは、今まで一度もなかった。必殺の一つだったのだ。マスタースパークもその一翼では、あったのだが。
他に、この体勢、手のない状態で発動できる魔術はない。八卦炉も手で持って構えることが出来なければなんの役にも立たない。
魔女は、黒い触手を生やす桶の方へ、ずるずるずると引き摺られていく。
い、いや……
霧雨の声色が、震えている。子供の頃以来忘れていた巨大な恐怖に晒され、それは今、絶望に直結している。あの黒い水溜りに触れてしまったら、桶の中に引きずり込まれてしまったら、自分はどうなってしまうのか、容易に想像できる。
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!死にたくない、死にたくない!!
横に転がり、奥から黒い何かをどろどろと零し続けている桶。その奥には僅かにでも光を返すものはない、完全な闇が見えた。いや、見えない。桶から滾滾と湧き出す黒色は、紙に水が染みこむようにじわじわと地面を侵して広がっていく。
その一方で、霧雨の魔女の足首を掴む黒い影の動きは俊敏だった。細長く蛸の足のように伸び先には人間の手のような指が七本ついている。霧雨の魔女をずるずると引き摺り寄せるのは、その黒い腕五本だ。カメレオンの舌の様に瞬時に伸びて、箒で飛び去ろうとしたのを、正確に捕まえ、墜落させた。
霊夢、霊夢!た、助けっ、霊夢っ!あっ、あああっ!!
地面に落ちた衝撃で左肩が脱臼した。肋骨も折れたらしい、霧雨の魔女は激痛に苦悶の表情を浮かべながら、足を掴む黒い腕に何とか抗おうと足掻く。だがそれに抵抗しようにも手首から先が失われた手では、地面に爪を立てることも出来ず、ずる、ずる、と少しずつ少しずつ引き寄せられ、光さえ吸い込む黒い水溜りへ近付いていく。つま先をたてて地面を蹴ろうとするが、そのたびに足を持ちあげられ、それも叶わない。
いやだ、いやだあああっ!むぐ、むぐぐっっ
引きずる力に一切抵抗できない中、霧雨は口を開けて前歯を地面に突き立てる。無論そんなことで止まるはずもない。地面に歯を立て、生える草を噛み、指の立たない手首で抵抗するも虚しい、引き摺られる速度はこれっぽっちも落ちない。
れいむ、れいむ、れいむっ助けて、助けてえっ!しらなかったんだ、こんな、こんなばけものだなんて、知ってたら手出しなんかしなかったっ
土でぐちゃぐちゃに汚れた顔を、涙と鼻水で濡らし、必死の形相で足掻く魔理沙。こんな奴に手を出すんじゃなかった、おとなしく轆轤首だけ探していればよかった、霊夢と別れるんじゃなかった。そもそも魔女なんかするんじゃなかった。家を出たりするんじゃなかった。何もかもが後悔の種に見えてくる。地面を引き回されるのは僅かな時間でしか無いのに、まるで何時間もあるかのように高速で思考が回転しその思考はすべて脱出の可能性を探るのではなく、もはや今までの人生を振り返り、どこで選択肢を間違ってしまったのかを探って、この状況を何かのせいにすることに躍起になっている。つまり、絶望していた。
やだ、やだ……しにたくない、しにたくないよおあやまるからっ、ごめんなさい、あやまるから、たすけて、たすけて、たすけて
少しずつ引き寄せられ、引き摺られ、引っ張られ、いよいよ霧雨の腹が、黒い水溜りに触れた。黒い腕の根本である桶まであと僅かだ。
ひっ……あ、ああっ、霊夢、れいむ、たすけてえっ
黒い水溜りは以外にも触れても体に対して何かあるということはなかった。痛くもないし熱くも冷たくもない、当然気持ちよくもない。ただ、麻痺しているというわけでもなく、見えないだけで地面の感触は伝わってきていた。
だが、それが何だという。あの釣瓶まで手繰り寄せられて、その末に待っているのがろくでもない結末であることに、おそらく違いはない。
霧雨魔理沙はただ、泣きながら信頼する相棒の巫女の名前を呼び、助けを求めている。
れい、む、れいむ、う、わっ
霧雨と桶の距離が後二メートル程度となったところで、霧雨の体が突然持ち上げられた。足を掴んで空中に持ち上げられる。桶の中から追加の二本の黒い腕が伸び、手首から先のない霧雨の腕に絡みついた。四肢を完全に絡め取られて逆様にされる霧雨。
ど、どうするきだよ、たすけて、ゆるしてください、ごめんなさい、ごめんなさいっ
横に倒れていた桶がひとりでに成立し直した。まるで口を開けて上からの得物を丸呑みするのを待つようだ。事実、魔女の体は徐々に高度を下げ、逆様に、手、頭、胴、足の順に桶の口の方へと導かれていく。
降ろされていく魔理沙。体を揺すって首を振り回し手足をばたつかせて抵抗を試みるが全く効果はない。
れいむ、れいむっ……たすけて、たすけてえっ
やがて手首が、桶にかかるくらいまで降りてきた。魔理沙は、激痛も厭わず手首の断面を桶の縁に引っ掛けようとする。が、すぐに黒い腕に引きずり込まれてしまう。
やだ、いやだ、いやだあああああああああ!!……や、やだ、なにこれ、なにこれっっ
手首が、桶の底に湛えられた黒いものの中に沈んでいく。温度の無い、ただ粘度のある液体に沈んでいくような感触。単に液体に漬けられていく感じ、だが、その黒い液体自らの動きで、まるで吸い付いてくるような感触を与えてくる。脈打ちながら肌を撫で回してくるようにさえ感じられた。皮膚の表面を毛細管現象のように伝って登ってくる。皮膚組織の間に、毛穴に、入り込んで浸透してくる。
き、きもちわるい、なんだ、よこれっ……!助けて、たすけて、たすけてえっ……ううっ、うえええっ、だすげてええっ
腕、肘、までが桶の中に飲み込まれた。浸っているのは肘までだが、黒い液体が体中を這いまわるような感触は既に上半身に回っている。浸かってはいないが、何かが浸透しているのかも知れなかった。
高さはみるみる落ちていく。頭が、桶の中に入る。視界も遮られてもう何も見えない。頭の先が浸る感触。ぞろぞろと、何かが頭皮に、首筋に、口の中に眼の奥に鼻の穴の中に、染みこんでくる。温度はないのに極小の虫が無数に神経と神経の間を這い回る感触。
あ、あっ、あぁぁっ……れいむ、れいむ
そしていよいよ、頭全部が、桶の底の黒い液体の中に沈んだ。桶の底に底があるのなら、頭などは入る筈がない。にも拘らず魔女の体はみるみる飲み込まれていく。頭が入ってから、肩、そしてもう上半身までがすっかり桶の中に入っていた。
上半身は完全に桶に飲み込まれている。
もう、魔女が声を発することはない。
夜の柳並木の川辺に、再び静寂が訪れた。
そこにあるのは、桶に上半身を突っ込んだ状態の一見間抜けな女性の図。
桶の中に突っ込まれているのは上半身だけ。下半身は於けの外に乱暴に放り出されており、黒い腕は既にいなくなっていた。
黒い腕は今は一本も外に現れていない。漏れ出ていた黒い水溜りも今はすっかりとなくなっている。本当に、桶に頭から突っ込んでいる魔女が一人間抜けな絵を晒しているだけだ。
立った桶の中に上半身を突っ込んだ状態の魔女。スカートがめくれ上がりドロワーズが丸見えになっている。ドロワーズと白いソックスの間に見える健康的な太腿。見ようによってはスケベハプニングにも見えるが、その場には誰もいない。何より、魔女自身が既に無反応のように見えた。
投げ出されたまま動かない下半身。死んでいるのかと思えばそうではないらしい。
無造作に投げ出された下半身は、時折、びく、びくっ、と震えていた。
素肌を覗かせる太腿は、何か汗ばんでいるようにも見える。
桶の中から、なにか粘り気のある音が聞こえる。
既に黒い手は鳴りを潜めているが、ゆっくり、非常にゆっくりと、魔女の体は桶の中に引きこまれていっているようだった。
ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅっ……
桶の中から聞こえる水音。数十秒に一度、ぶるぶるっ、と震える太腿。
川辺で桶に顔を突っ込んだまま動かなくなった魔女は、人気のない夜柳の下で、人知れず、『どうにかされている』ようだった。
びちょ、ぐちょ……ぐぼっ、くちゅ
ぶるっと震える脚。ぶるっ、ぶるぶるっ
ぐちゅぐちゅっ、ぐぼっ、べちょっ、桶の中から聞こえる不快な水音。
魔女の脚が、突然ピン、と突っ張る。ざりざりっ、とつま先が地面を掻くが、そのまま数回痙攣じみた震えを見せ、再び弛緩して垂れ下がった。呼吸をするようにゆっくりとした上下振幅。
ぐちゅ、ぐちゅ……べちょ……ぶちゅ
餡かけの餡を撹拌するような粘り気の強い水音が、再びゆっくりと、しかし強く聞こえてくる。
やがて魔女の下半身がゆっくりと動き始めた。
非常に緩慢な動きで、股が左右に開枯れていく。
最終的には、思い切りガニ股を開く形で停止した。
ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちょっ
びくびくっ、びくんっ!
大きく開かれた股、脚は、やはり水音に押し上げられるように、偶に痙攣しているようだ。
その桶の中、黒い水面の向こう側に言ってしまった魔女の上半身に、一体何が起こっているのかは、もはやここから窺い知ることは出来ない。今この夜の柳の下でわかることは、その下半身が時折痙攣を見せる、ピンと強張り弛緩する、ということだけだった。
ぐじゅ、ぐぼっつ、ぐちゅん、じゅぶ、じゅぶっ
ゆっくりと、ゆっくりと魔女の体は桶の中に飲み込まれていく。上半身を過ぎ、腰回りまでが桶の中に飲み込まれる頃には、魔女の体は下半身を投げ出す形から、逆立ちしたように逆様に戻っていた。スカートは捲れて落ち、ドロワーズの股は大きくガニ股を開いたまま。
それでも、粘着質な攪拌音に迫られて、やはりその下半身が痙攣するのが、見て取れた。
一際大きな変化があったのは、しばらくしての事だった。
ぐちゅうううっ、ぐぼっ、じゅぶぶぶっ、水音の中に吸い込むような強く大きな音が響いたと思うと、逆様に股を開いたままの脚が大きく強く痙攣を見せた。このギャグオブジェじみた下半身に今はどこに力が残っているのかと疑うほど、エビが跳ねるがごとく強い痙攣。
じゅぶっ、じゅぶ、じゅぶっ、じゅぶっ!
びくんっ!びくびくっ、びくんっ!
びくんっ、
びくっ
そして魔女の白いドロワーズの股の中央あたりに、濡れシミが広がっていく。かなりの勢いだ、アンモニア臭が漂っているのを考慮すればそれは、明らかに小便である。
しゅわしょわしょわ、と布の繊維に遮られた小便の奔流が、ちいさなちいさな音を立てていた。
ドロワーズの中央に現れた失禁シミがみるみる広がっていき、あっという間に水滴を滴らせている。それは彼女の少し紅を浮かべた形の良いお腹を伝って、桶の中、黒い水面へと飲み込まれていった。
失禁をしている間も、魔女の体はだんだんと黒い水面に沈んでいっているようだった。気泡を立てる粘り音はまだ続いていて、失禁を見せた魔女の股間と脚は、継続して痙攣を繰り返している。
ぐぼ、ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちょっ
びくんっ!
ぐちゅん、べちょっべちょっ、ぶちゅ
びくびくっ
桶の底の黒の中に沈み込んでいくたび、桶の上から飛び出た下半身が震える。ずっとその繰り返しを続けながら、魔女の体は腰まで飲み込まれてしまう。
飲み込み速度は変わることなく緩慢に緩慢に、釣瓶は魔女の体を、飲み込んでいっているようだった。
やがて太腿、膝、そして足首、つま先、魔女の体はすべて、桶の中に収まった。収まるはずのない容積の中に、完全に沈み込んでしまった。
ごぼっ!
最後に一つ、まるで大喰らいの男が思い切りものを食べた後のような、どこか気持ちよささえ感じる大きなゲップにも似た、気泡が黒い水面を割る音が響いた。
何者かの仮住まい、だったのかも知れないその釣瓶は、かたん、と音を立てて金鋲のすべてが外れ、形を作っていた木材も全て倒れこんで、バラバラに崩れて形を失った。
そしてそれを最後に、そこにはまた、無音の夜が訪れる。
そこにはもう、釣瓶落としも、留守番の怨霊も、魔女も、そして『家主』も、いなくなっていた。